ミクロとマクロは分けて発想した方がいい ※ポアンカレに学ぶ

数学や物理について、『フェルマーの最終定理』とか超難問(未解決も含む)に興味がある私です。

そのなかに『ポアンカレ予想』というものあることを知っていて、そのポアンカレさんが本を書いていることをたまたま見つけまして、

どんなことを書いているかと思いまして興味本位で以下の本を手に取りました。

そして、たまたま手に取っただけではありますが、幸運にもこの本を読んで新たな気付きがありました。

それは、私が、ITサービスの企画で薄々感じていたことが、数学という純学問の領域において成立しているということです。

数学ですら「マクロから導ける定理」は「ミクロからは不可能」と言っている

ポアンカレが気づきを与えてくれた部分を、少し長いですが引用いたします。

ざっくり言うと、N角形(マクロ)を三角形(ミクロ)に分解できるけれども、三角形からN角形の新たな定理を見つけるは非常に難しく、またそのアプローチは有用ではない。四角形から出発すべである、というものです。

一つの作図が有用であるためには、その作図が理知にとって骨折り損にならないためには、すなわちもっと高い所に登ろうとするものにとって階段となるためには、まずそれによってその要素の並置以上のものを見せるだけの、いわば統一をそなえていなければならない。

その利益というのは一体何であろうか。

たとえば多角形はいくつかの三角形に分解できるに決まっているのに、なぜその多角形を論じて、その要素となっている三角形を論じないのか。

それは任意の辺数を持つ多角形について証明できる性質があって、それをただちに任意の特殊な多角形に適用することができるからである。

ところがたいていの場合には、要素となっている三角形相互の連関を直接研究するようなことをしているものだから、非常に手間のかかる努力を費やさなければ、そういう性質を発見することができずにいるのである。一般的な定理の知識があれば、こうは努力をしなくてもすむ。

それだから作図は、これと類似した同じ「類」に属している作図と並べて見ることができなければ、意義を発揮するようにはならない。

四辺形が二個の三角形の並置以上のものだというのは、それが多角形という「類」に属するからである。

そのうえ「類」の性質に属する「種」の一つ一つについて順次に確定しなくても、その証明ができるよにならなければならない。

そうするんはどうしても特殊から一般へと、一段なり数段なり、登らなければならない。

分析的手法は、我々はそこから下へおろされはしないが、いつまでも同じ水準におかれるのである。

第一章 数学的推理の本性

私はこの部分を読んだときに、目から鱗でした。

ミクロ経済とマクロ経済、量子力学と古典力学、心理学と社会心理学、西洋哲学と東洋哲学に対して、私が疑問に思っていたこと、

すなわち「個と全体をつなぎ切る学問は不可能なのではないか」ということが、数学という領域においてもそうなのだということをこのフランスの天才の洞察のなかに発見したとき、後顧の憂いを断ってもらったような清々しさを得ることができました。

ITサービスでよくやる過ちの例

そしてこのことは、私の職業である日本のITサービスについても当てはまっているのです。

日本のITサービスは、どれもミクロの業務課題を解決するところから出発して、いつまでのその次元から出ることが出来ないのです。

代表的な例としては、私はクックパッドが思い浮かびます。

これは、レシピを考えるのが面倒であるということに対する課題解決から生まれたものですが、遂にはその領域から出ることができずに袋小路に立ち入っていると思われます。

ライフハック×健康のために料理という切り口でデータを収集するインターフェースであると位置づければ、間違いなく次の次元へ行けるサービスだと思います。

これと大なり小なり似たようことが、日本のほぼあらゆるサービスで起きていると私は思います。

ちなみにニコニコ動画もそうだと思います。

異なる次元を行き来してるサービス:SalesforceとGoogle

そして現時点で、ある1つのサービスから集められたデータ(特殊)が一般化され、次の次元のサービスの材料を提供し続けている構造になっているサービスの例としては、SalesforceとGoogleだと思われます。

Salesforceはそれを企業の業務改善から出発しており、Googleは個人の検索から出発しています。

そこで得られたミクロな情報をもとに、今や、マクロにおいてその拡がりを阻害する要因を、それぞれのサービスモデルに見つけることが出来ないようでもあります。

私は、少なくとも自分が仕事で相対している領域で、このようなITサービスを作っていきたいと思います。

※ちなみに、Amazon、Appleからはその思想を感じません。Facebookは収集データが次の次元の材料にするには限定されすぎていると思われます。

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