教育現場の問題報道、メディアは手抜き

今朝のとある番組で、学校問題に対する報道がありました。

 生徒の教師に対する暴力が増えている。
 教師の生後に対する異常行為が増えている。

といった内容です。

文部科学省の、年別の発生件数のグラフが紹介されていたりしましたが、全国的にそうだということでした。

で、こういうのに対して、「日本全体が…」とか「社会が…」というようなことをコメンテーターが発言して終わりです。

せめて、それを改善するのに、やり方の提言をしてみたらどうかと思います。

「日本や社会の責任にするのはけしからん。これは現場の教師に責任がある」と言っていた人もいましたが、それも責任の所在が特定されただけ。だから何?と思ってしまいます。

TVゲームやらテレビが今の生徒や教師に影響を与えていると考えるなら、それを今後はどう位置づけるべきか問題提起をすればいいとい思う。

勉強だけできて人間関係の訓練・経験に乏しいモヤシ先生が教員になることが問題だと思うなら、そういう角度からのアプローチで、教員採用制度に対して、問題提起なり提案をすればよいと思う。

また報道機関として、特定の意見を言えずに、事実のみの伝達をしなければならないのであれば、他方の事実をぶつけるということくらいしてもよいのではないか。

社会の悪い部分を取り上げて、
「こんな悪いことがある」「あんな悪いことがある」「原因は…」
とやり、

それと対置するような部分を取り上げて、
「こんな良いことがある」「あんな良いことがある」「工夫は…」というもの。

せめてこのようにして、視聴者に比較の余地を与えるようなことをしてはどうかと思います。

そんな取材は金がかかるからできないのでしょうか。
確かに、文部科学省がまとめた数字をパネルにして、以前に使ったことでもありそうな映像を流すよりは金はかかると思います。

ただ、今のように、事実と称して「負の部分」のみを伝えたりするのは、社会に与える影響も考えると最悪だと思います。

もっと取材するなり何なりして、そういう状況を良くしようという報道のあり方にすべきだと思います。

ひとつの問題をとりあげて、5分も10分も放送するのはいらないと思う。
その半分を「問題の紹介」、もう半分を「改善検討」にすればよいと思う。

少なくとも、「最近そういう人が増えてきて問題ですね」という事実を追認するだけのコメントはいらない。

メディアの報道のあり方を考えてみた日曜の朝でした。

-----

おすすめの記事