富士山が世界遺産になりました。
これで登山客・観光客が増えて、観光収入が増え、地元は嬉しい、というものでしょう。
世界遺産の推薦を取りやめた鎌倉も、もし世界遺産になれば、同じような状況になるでしょう。
観光客がいまより増えて地元は潤い、活気づき、嬉しいというものです。
ですが、同じ世界遺産でも、果たして人が増えて嬉しいのかどうか疑問に思う場所がありました。
それが石見銀山です。
文化遺産に認定されると生活の仕方を変えられない?!
とある旅行で、石見銀山に行きましたが、
そこは世界遺産の区分のなかでも「文化遺産」とのことだそうで、遺産の対象としては、銀山だけではなく、銀山に至る街並みもあり、さらには遺産登録の条件としては、そこに人が生活していること、などがあるそうです。
「そこに人が生活していること」ということについては、昔から、そして今もこれからも、世界遺産登録時の状態を保全しつつ生活していかなければならない、ということを意味するのだと思います。
だとすれば、自分たちの生活を続け、街並みを変えることができないままに(恐らくそれなりの制約があり)、今までにない数の観光客を迎えなければならない、ということになります。
なるほど、たとえば鎌倉はもともとそれなりの観光客数があり、街自体がすでに観光客を前提として作られていると思います。だからたとえば観光客が、1000万人→1200万人に増えようが、混雑はするけども、地域住民の生活に大きな影響を与えることはないでしょう。
しかし、石見銀山の場合、観光ルートにある町は小規模であり、観光客数が増えれば、地元住民の生活に何らかの影響を与えずにはいないはずです。
さりとて、生活に影響を受けないように街並みを変えるということも、世界遺産に登録してしまっては、できないとなる。
自分たちで街づくりが出来ないって幸せですか?
そう思ってみて、世界遺産に登録されることは、地域経済の視点でみれば大変ありがたいのかもしれませんが、
そこで生活する人のことを考えれば、手放しで喜べるものではないと思います。仮に、自分がそこに住んでいる想像をしてみれば、やはり人がたくさん来るようになり、自分の生活環境が一変するのは、それは嫌だからです。
私は、石見銀山に行くまでは、地域振興といえば、人が来て、そこでお金を落として、地元が潤っていけばいい、と単純に考えていましたが、そういう視点の一本槍ではどうもまずいと直感しました。
そう考えだすと、「地域・地元を経済面で元気にする」というのが、日本の地域の課題ではありますが、そもそも集客がうまくいかない地域が大多数だと知りつつも、地域によっては単純に集客できるようになればいいというものでもなさそうです。
産業と地域生活とのバランスをとりつついかに地元を元気にするか。
そんなことを考えながらの石見銀山訪問でした。
公式サイト島根観光なび 石見銀山徹底ガイド