社会の便利サービスの流れとの接点を失う高齢者。家族がその窓口になれないか。

先日、実母と久々に会う機会がありました。

そこでのやり取りで感じたこととしては、世の中の便利サービスの流れに完全に取り残されているということです。

特に、インターネット利用に関してです。

Amazonや楽天を利用することで、日々の買い物などが圧倒的に便利になるにも関わらず、

その便利さを知らないがゆえに、ずっと同じ生活パターンを繰り返しているのです。

「腰がいたいからお米のようは重いものが持つのがつらい」といったことも、買い物文脈であれば、楽天などを利用すれば、玄関までお米は届きます。

ただ、そんなことを本当に知らないので、知ればどれだけ楽になるだろうと思います。

なぜ知れないのか

で、どうしてこういう便利なサービスを知らないままになるか、というと、

それは、そのような情報をもたらしてくれる存在がないからだと思います。

たとえば社会人をしている私が、新しい情報に接する時はどのようなキッカケか、ということを考えてみると、

自分で情報を取りに行く、ということはもちろんありますが、

同僚や知人との日々のコミュニケーションのなかで、「あれが便利」「これが便利」という情報が入ってくる、というのが大きいと思います。

考えてみると、老後で、自宅から出る機会も減り、地域コミュニティも崩壊してしまっては、そのような情報交換をする場も存在も激減することが大きな原因だと思います。

コミュニケーションの量がカギ

私の知っている70歳くらいの老紳士は、この方は経営をしているから、というのもありますが、

パソコンやスマホを普通に使いこなしています。

そうと知っていれば、自分の母も、そのように出来ないことはない、と思います。

ある時点から、インターネット利用などに距離を置いて、

昨日と同じ生活でずっと過ごしているのであれば、そのような情報が入ってくることはないでしょう。

だから、新しいサービスを使ってみようという気にもならないのだと思います。

これは自然の摂理であり、仕方のないことだと思います。

が、逆に、周辺のコミュニケーション量を増やして、時代の流れに接するような環境さえ整えれば、

普通に、時代の流れを取り込んでいくことになるのではないでしょうか。

これもまた自然の摂理であり、年寄りを鞭打つようなことではないと思います。

今からそういうコミュニティを作ろう、というのは、難しいことだと思います。

せめて、自分の息子は、そういった社会の流れとの窓口になりえると思います。

幸い、私の母は、このほどガラケーからスマホに変えて、LINEも使い始めました。

これをキッカケに、できるだけ、母に、便利な情報などをどんどん共有していければと思います。