Uber eats の配達員は奴隷への道

Uber eats は、デリバリー領域におけるマッチングサービスの1つとして出てきただけ、という印象がありますが、

これは世界史の、特にヨーロッパの植民地とかの知識がちょっとある人間から見ると、その労働構造は、どう見ても奴隷のあり方そのものです。

それは、その労働を通じて、

・労働者側に なにか転用が効くスキルがストックされず、
・知識を与えず、
・教育を与えず、
・壊れたら交換可能で、
・ただ生きるためにカネを稼ぐためだけの状態にヒトを留める。

マズローの欲求ピラミッド」の最底辺から上へ登っていく要素がどこに見当たりましょうか。

Uber eats配達員は、自転車・バイクで配達をするだけで、それを担う人間の、自身の可能性は、未来においてどこにも通じていません。

流通業者はランクアップしていける

ちなみに、配達を担っている流通業者は、社会的な役割をしっかり担っています。イメージしやすい例では、毎日街でモノが買えるのは流通業者がしっかりしているからです。

だから従事している人は、社会的な意義を感じることはできましょう。「あなた方が居なければ困る」というものです。

そして、流通業者のドライバーは、免許や資格の取得によって、自分の状況をより良くすることもできます。

が、Uber eats配達員は、スキルアップの要素がなにもありません。

しかも同業の出前館は、まだ移動手段を提供しているものの、Uber eats に至っては、それすら個人が準備し、そして何の保障もありません。

こういう状態のことを、使い捨て、というのです。

それは、奴隷そのものです。

Uber eats 配達員は、バイトや副業にとどめるべき

なので、バイトやパートや副業の位置付けで Uber eatsの配達員やる分には全然構わないと思いますが、

専業でやることだけは止めておいた方がいいと思います。いや、思いとどまってほしいのです。

Uber eatsの専業になると、もはやそこから這い上がることは難しいと思います。

Uber eats はその人達を、いつまでもそこから抜け出せない状態に留める産業装置です。

ゆえに、私は、Uber eatsを日本市場から締め出した方がいいとすら思います。もしくは誰も働き手がいなくて、市場から撤退してほしいのです。

Uber eats は奴隷製造装置です。

確実に、未来にその暗い影を落とします。

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