歴史に名を残すべきはこういう人のこと ~大谷翔平選手

この年末年始に、NHKのBS番組で、大谷翔平選手の特集番組がいくつかあったので、たまたま見ていたのですが、

2021年は、大谷翔平イヤーだったと言っても過言ではなく、二刀流でメジャーリーグ初のオールスター戦に出場(メジャーリーグ機構も大谷限定でルールを変えた)したり、ベイブルースの記録を塗り替えたりと、

「不可能」を「可能」にしたと思います。

このことこそが、私は、歴史にその名を刻むべきだと思っています。

なぜならそれは、

この人もまた自分たちと同じ人間であり、われわれにも、そうしたことを成し遂げることができる力があるということを証明してくれたからです。

そう、歴史に記録する必要があるのはこういう人です。人類の可能性を拓く人です。

無理と言われた投手と打者の二刀流で、大きな成績を残すことができました。

日本の一流選手たちも、「できる」と言った人はいないと思います。「可能性を仄めかす」にとどまるのみです。

Wikipedia二刀流に関する賛否

もちろんメジャーリーグでも、それは不可能として捉えられていました。

それをエンジェルスの名監督の後押しも手伝って、可能となりました。

ちなみにNHKの番組を見て良かったところは、大谷翔平選手の裏での練習や、子供の頃にお父さんに叩き込まれたことが紹介してあった点です。

やはり「天才とは努力し得る才である」(裏での練習)ということと、「いまこの瞬間に一生懸命であること」(お父さんに子供の頃に叩き込まれたこと)を、伝えてくれたことです。

そして大谷翔平選手の、「どれだけ練習しても少しずつしか良くならない。だから練習する。」というような発言がありました。

これらは、今の世の中の「いかに楽して効率よく目的に到達するか」という薄っぺらい価値観を否定しさるものです。

天才と呼ばれる人は、目的指向では生まれない。

大谷選手は、自分を支えてくれている総てのことに感謝しつつ、自分と戦っているのみ、とうい印象です。

同じような人としては、フィギュアスケートの羽生結弦選手もそれが当てはまると思います。

2022年の大谷翔平選手の進化を見るのが楽しみです。

久々に興奮して見入る人に出会いました。

記憶の糸歴史に名を記録するのは何のためか?

記憶の糸野村監督に学ぶ ※努力の仕方 - 「自分なりに」という敵

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