高知への旅行の飛行機の中で、時代小説『黒田長政』を読みきることができました。
この人から、実績とタイミングと出世について学びを得ましたのでまとめておきたいと思います。
黒田長政とは
まずは黒田長政という人、簡単に紹介すると、豊臣秀吉に睨まれて出世できなかった天才軍師・黒田官兵衛の息子で、関ヶ原で徳川家康に協力して、福岡藩52万石の大名になった武将です。
この黒田長政、本で読む限りでは、
智謀のみで功績を立てていた父・官兵衛に反発して武功で認められようとした。
九州征伐で活躍し、朝鮮出兵でも一軍の大将クラスになって戦う。
が、豊臣秀吉の下にいる間は、功績のわりには領土は与えられなかった。(官兵衛の息子でるということも手伝ったであろうけれども)
そして結局は、関ヶ原の合戦前夜、福島正則・小早川秀秋らを東軍に引き入れた説得の功で、徳川家康からいたく感謝され、ついには福岡藩の大大名になったというものです。
まずは「自分にしか出来ない事」をつくることが前提。しかし・・・
ここから言えることは、大きな飛躍のためには、自分にしかできないことが決定的に役立つ「その時」が必要であると言えそうです。
そして「自分にしかできないこと」を身につけるために、どれほどの忍耐を強いられようが、目の前のことをやり抜きとおすこと。
かといって、その身につけたいものが、必ずしも「自分にしかできないもの」とは成らず、ひょっとするとその過程の中で、他者から見れば「その人にしかできないこと」が別に備わっていることもあり得るということ。
そうであれば、自分で定めた目的の元に実績を積もうとしても意味がないのかというとそうではなく、とりもなおさず「実績」は次の機会を得る必要条件だから、これがなければ何も始まらないのは確実だと言えます。
そして、「その時」については、依頼主が、即座にはどうしてもできないことに対して貢献できる機会を得れば、大出世する可能性が極めて高い、と言えそうです。
短い時間でできたとか、少ない人数でできたとか、誰かの代わりにやってのけたとか、ということでは絶賛されないかもしれません。
黒田長政の例では、関ヶ原の決戦前夜、徳川陣営の人材では福島正則や小早川秀秋と直接にパイプがあって味方に引き入れることのできる人材は、ほぼいなかった。
とはいえ、すぐにでもその必要に迫られていた。
そこで、その交渉が唯一可能と思われたのが、これまでの実績から、その人たちとつながりがあり立場的にも対等に近い黒田長政(この時は、徳川陣営というよりは豊臣陣営に近い立場)であり、それをやってのけた、というものです。
タイミングだけは運任せ。運命かと。
・・・こうして書いてみると、「その時」の巡り合わせの運がなければ総ては水の泡であるように見えますが、これは半面の真理なのだと思います。
そしてもう半面に、実績を積み上げる過程の中で、「その時」への機会と「その時」に発揮されるであろうその人のユニークさを(意図するしないに関わらず)身につけておく必要がある、という真理があるのだと思います。
概括してみれば、成功のためには「努力」と「機会」の絶妙なバランスがあり、これを時系列で並べてみれば、
・ある目的のもと実績を積もうとする
・実績を積む中で(意図するしないに関わらず)ユニークなスキルが身につく
・その実績のおかげで「その時」めぐり合える機会がきやすくなる
・「その時」に、実績で身につけたユニークなスキルを発揮して最大限に貢献する
ということになりそうです。
そして最後に、依頼する立場の人(人たち)を裏切るそぶりは見せないでおくことでしょうか。
このことを『黒田長政』から学ぶことができました。