核家族路線をこのまま野放しにすると、この国は100%寂しさのなかに溺れる

年末年始に実家に帰りました。

そこでは1月2日の夜には、兄弟家族が集まって、一緒に鍋をつつく機会となっています。

私には姉が1人いるので、そこの家族が実家に集まってきて、毎年鍋をしていたのですが、

今年は、姉の旦那が来ませんでした。

理由は直接的には聞いていませんが、昨年に交通事故をやらかして、それによって、わたしも含めた親族に多少の迷惑をかけたから気まずくなったのが原因と思われます。

そんな理由で来なくなるのは、私はもっともだと思います。

それでもあえて来た方がいいとは思いますが、それで来なくなるのは分かります。

何が言いたいかというと、そんなちょっとした理由で、顔を出しづらくなることは当然あるのだから、

今みたいに、核家族化されて、両親とその子たちだけの集まり、という運営をやっていると、

いずれはポツポツと人が集まらなくなり、過疎化して、ついには誰も来なくなり、とても寂しい正月を迎えることになる可能性が高すぎる、ということです。

正月に集まらなければいつ集まるの?

そして、「正月」こそが、年中行事のうちで、親族が一番「集まりやすい」きっかけであるから、

ここで集まることが出来なければ、一年を通してもはや集まるきっかけはなくなり、

そして老後の孤独が待ち構えているのです。

ここで自分の想像力を働かして問うべきだと思います。

両親が、親族の誰とも接することがなくなり、正月でさえ、自宅でひとり寂しくいる状態を。

そして地域コミュニティも脆弱でコミュニケーションもなく、笑顔もなく無表情でひとり淡々と日常を送っていって、あるとき死んでいく様を。

自分は胸が詰まりそうになります。。

よって、この1年で、なにか両親に働きかけたいと思います。